性を前面に扱う作品には、
少なくとも2つの罠が待ちうけています。
ひとつは、表面的なスキャンダラス性ばかりを欲する観客の劣情。
もうひとつは、それを毛嫌いするあまり
作品の全体性を見落とす観客の潔癖症。
それらに陥ることなく、圧倒的な陽性のエモーションで、
エロスをエンターテインメントにしているのが
毛皮族の江本純子です。
その江本が、かねてから敬愛する
上杉清文の短編小説を題材に選びました。
上杉氏は僧侶にして劇作家、執筆家。
博識とユーモアを筆に乗せ、
SMをはじめとする性のモラルを仏教思想から読み解いています。
ビートたけしが「この坊主、いいかげんにつき」と
絶賛した(上杉氏のエッセイ『仏の上手投げ』の帯文)、
味わい深い世界を江本がどう料理するのか、ご期待ください。
江本純子より、
上杉清文 リーディングについて
上杉清文和尚に初めてお会いしたのは2005年の夏でした。その時 私は25歳のイケイケ坊主で、毛皮族の『銭は君』と言う現ナマ炎上劇を本多劇場にてブイブイ上演しており、俄調子づいておりましたので、誰に会っても4649P69(よろしくパンキンロック)、ファッキンマネーと無茶苦茶なことをうそぶいていたことでしょう。そんなトガったナイフ小僧だった私が胸元から突き出した刃先を直ぐさま袂に戻すと共に、そのしまいこんだばかりのナイフでつまらないプライドの去勢をザクリと施してくれたのが、かの上杉和尚でした。
和尚の鮮烈さを前にしたら、ナイフなんて何てつまらなくて使えない小道具なんだろう、と己の愚かさを自省しました。それからは4649Pとだけし「よろしくぴー」と茶目っけを前面に出す小坊主キャラクターに変えたのですが、誰もそんなことはお気づきではないでしょう。ファッキンマネーも「お金大好き」と素直に表明するようになりました。それは少し気づかれたかな。が、それもどうでもよいことです、はい。
さて、出会った時の和尚の何が強烈だったかと言えば、まずはそのお顔でした。お顔からほとばしる凄まじいエロエネルギー、エロルギーとでも言わせて頂きましょうか、エロルギーには多くの酒が注入されていました。それも今ばかりではなく、何十年も樽の中で熟成されたような濃度と香りの高い、時の洗礼の全てが費やされた古酒の強さ。私にとっての和尚とは、生きたエロルギーのアルコール漬けだったんです。鮮烈でしょう? とても。
その時の和尚が何を喋っていたのかは全く覚えていません。数年後、和尚の本を手にして読んだ内容もあまり覚えていません。今年に入ってこのリーディング企画の件で和尚に7年ぶりに再会しましたが、やはり何を喋ったかあまり覚えていないのです。ずっとお喋りしていたのに。とにかくよく飲んでよく喋る和尚です。和尚の口からは言葉が次々と溢れてきます。溢れたものがアルコールと共に流されていっちゃうんです。流されてしまったものの中にはきっと留めておきたい大事な言葉もあったような気もしましたが、流しまーす。どんどん生まれてすぐまた流れてきますから流して大丈夫なんです。
くっだらないことばっかり言っている和尚の言葉は、かなり楽しいものです。今回選んだ『スイカ畑でつかまえて』も無論エロくて下らないことばかり書かれているどうしょーもない感じの内容なんですが、エロなんてそんなもんだよね、と思います。追求なんてしない。エロスは高尚なものじゃない。高尚であってもよいとは思いますが、私自身はそもそも高尚なものなんてこの世にはないと思っている派です(どんな派だろ)。高尚=バカ とまで言っていいか分からないですけど、それに近い気持は持っています。そしてバカと言えば=エロです。巡ってますね。
しかしやはり、高尚とエロが「=」でつながるかと言えば・・じゃあやっぱりそこを探求してみましょうかね。和尚の本にはその鍵が隠されている気がしないでもありません。何もない可能性もあるかもしれません。
今回のリーディングでは、和尚の言葉をまずエロの小道具として使用させて頂きます(前戯)、そしてめくるめく乙女のエロカオスがふんだんに描かれた『十代の性書〜白雪姫〜』と言う和尚作の幻の脚本も読みます。ほとばしるだだ漏れのエロ射能を浴びて、生徒諸君はどうにかなっちゃって下さい(本戯)。ただし私の思うエロは「おもしろ」に過ぎないんで、それが「官能」になるかは甚だ疑問なんですが。そこは和尚の言葉の高尚な(=バカげた)有り難さの連続が、ふとした時に「官能」に変わる瞬間が訪れるんじゃないかと期待しています。その瞬間的な官能を逃さないためにはいくらかのアルコールが必要かもしれません。酒と和尚の言葉の相性はかなりバッチリです。なにせアルコール漬けエロルギーですよ。飲めない方はリラックスです。緩むこと。そうして頭を空っぽにして、和尚の・・有り難くデタラメな言葉のシャワーを・・と、想像するに、だいぶ楽しい官能教育になりそうですね。後戯については、それぞれに任せます。
江本純子