神里雄大さんから『官能教育』をやってみたいと言われたのは、うれしい驚きでした。
神 里さんが主宰・作・演出を務める岡崎藝術座は、それに類することは書かれていないのに充分に官能的で、その官能性は、ストイックさに由来すると感じていま した。何と言うか、俳優に負荷をかけ、内圧を高め、圧搾製法のように静かに一滴ずつ絞り出したものが結果的に官能になっている、そんなイメージを岡崎藝術 座の作品に持っていて、観客としては、そこはもうひとつの到達点ではないかと思っていたのです。
打 ち合わせで神里さんは、官能はよくわからない、と言っていましたが、もしその言葉が謙遜でないなら、本能的に大事なものをつかんでしまう人なのだと思いま す。その証拠に、お薦めしたマルシア・ガルケスから「やりたい光景がいくつも浮かんだ」と、私自身も大好きな『エレンディラ』を選んでくれました。
『エ レンディラ』は、優雅な思い出に閉じこもりながらも怪物的なエネルギーを放出する祖母に、売春を強要されて生きる少女エレンディラと、彼女に初恋と人生を 捧げる少年の物語です。短編ながら、砂漠の乾いた熱風と、密林のねっとりした湿度が濃密に立ちこめて、それが今回どんなふうに表現されるのか、俄然、興味 が湧き立ちます。南米と縁の深い神里さんが、かの地に根付くマジックリアリズムを文学で世界中に広めたマルケスと出会う記念すべきこの機会を、ぜひ目撃し てください。
produce lub 89 責任者 徳永京子
やあ、元気かい?
うん、僕は元気さ。
ううん、それは嘘さ。君のせいで僕はぼろぼろ。ぼろ雑巾。
けれどなんとかするよ。君を待ってるんだ。君が帰ってくるのを。
そうだ、君が帰ってきたら、そのときは密輸用のオレンジの匂いを一緒に嗅ごう。
いやいや、君が戻ってくるわけがない! 君は僕を利用したんだ。恨んでなんかないよ!
でもさ、君が戻ってくるのを待ってるんだ。僕は。毎晩思い出して濡れるんだ。股が雨に濡れる。僕は砂漠の鉄格子の中、歌をうたう大きな足さ。
インディオたちを撃ち殺して逃げたい! けれど逃げられない。僕にも白髪が生えてきた。君の顔なんてもう覚えていないよ。いっそ撃ち殺してくれ! 僕の人生は僕の勝手。けれどいつでも君は、顔の見えなくなってしまった遠い遠い君は、夢の中を突き破って、いとも簡単に空を飛んで僕の脳みそをぐちゃぐちゃにかき回して去っていく。僕が起きるとき、僕は涙なしではいられない。体の穴が広がったみたいなんだ。最近になってますます広がる。それからまた打たれ殴られ責められ水を一滴だけ飲むことを許される。僕は君のお祖母さんを殺したからね。この手で。君を逃がしたかったんだ。けれどこの手は君も逃してしまったみたいなんだ。どうしても理解できないんだ。
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出演いただく俳優さんは、篠崎大悟さん、岩澤侑生子さん、池田萌子さんの3人です。
岡崎藝術座のオーディションに来てくれた中から声をかけさせてもらいました。
それぞれ、(あんまり知りませんが)なんらかのかたちで責めたて苦しめたい気がするので、出てもらうことにしました。
篠崎さんは、芯の強い人間を目指しているように見えるけれども無理だと思うので、苦渋の靴をなめさせたいです。
岩澤さんは、否定しそうになる人生を必死に肯定しようとしているのが涙ぐましいです。
池田さんは、あっけらかんとしている感じを前面に出そうとしていますが、自分の顔写真をたくさんSNSにあげている感じが痛々しく、深い闇がありそうです。
ぼくはぼくで、浮き沈みの感情をおさえることに時間を費やしてきました。6人くらいの飲み会では、話し相手がいなくて、誰かの話を聞いているふりをすることがよくあります。
なんの悩みもなく生きているように見せることに成功している連中の背中をたたいて振り向かせる、みたいな感じの官能教育をしたいです。
神里雄大